読書:黙約のメス

本城雅人

脳死移植は生体移植と違って、生きている人に傷つけずに行える

ドナーのその後の人生を考えると、少なくとも子から親へというのは考えにくい

「体についた傷のせいで、心まで傷ついてしまう事がある」

「医師に問題が生じると、マスコミや世間は医師が人倫に背いて生命を粗末に扱ったかのように厳しく非難するが、医師が受けた痛みは誰がいやしてくれるのだろうか。医師だって一人の人間であるのに」

移植の意思表示はやっぱり大事だな

読書:黒牢城

米澤穂信

直木賞

黒田官兵衛荒木村重に捕われ土牢に長くとどめられたのは、NHK時代劇でも、岡田准一の名演で思い出す

この小説は、ノンフィクション風時代劇でありながら、ミステリー小説とも言える

幾多の城内の不思議な事件を、牢内の官兵衛が事件の鍵の示唆をして、村重が解決してゆく

しかしそれは、最後には村重の名を貶めんとする、数ヶ月及ぶ策略だったとは

「神の罰、主君の罰よりも、臣下万民の罰は尤もおそるべし」(官兵衛の心得)

それは息子を無駄死にさせた事への恨みからであったが、実は(これも史実のようだが)竹中半兵衛に匿われていたという、暖かい終わり方だった

読書:ナオミとカナコ

奥田英朗

前も読んだのかな と思ったがドラマで見たものだった

ドラマでは高畑淳子が本物かと思わせる中国人になっていた

DV夫殺人と失踪偽装

中国人社会もからませ、逃避への国外脱出は出来るのか

犯罪者ではあるが、それに至る経過と、2人の友情に、だんだん感情移入させられる

読書:レインメーカー

真山 仁

原告代理人の強引さは、理解しがたいが、医療裁判に至る現場の経過は実情を調べてリアルに書かれている

医療者は誠実に向き合っても、偶然に左右されることもある

家族は一部始終を目にしているわけでもないし、医療者の思考過程を共有することが出来るわけでもないので、予期せぬ結果に終わると、どうしても不振はぬぐえないのかと思う

「医療に経済的合理性は、相容れない気がする」

「裁判の間、法律で医療を裁くことの不毛さを感じた」

そもそも裁判というのは、経験から、真実を明らかにする場ではなく、どちらの言い分が法律に矛盾しないかの、言い争いのように感じている

映画:クライ・マッチョ


クリント・イーストウッド

落馬して落ちぶれたロデオスター

元雇い主の依頼を断れず、メキシコから息子を誘拐して連れてくる仕事を請け負う

子どもは、親の愛を知らずに育ち、強さを求めて闘鶏にのめり込む

よぼよぼの元ロデオのスターが来ても、尊敬のかけらもない

しかし旅する中で、本当のの強さを知ってゆく

イーストウッドが、自分自身の映画人生を振り返っているようだ

ダーティーハリーの強さが本物だったのかと

年をとって尚強さを追求する姿勢こそが、しかもそれが優しさや愛だと伝えていることがとよさだと言わんばかり

イーストウッドも、こんなほのぼのとした映画を撮るようになったのか

読書:二人の嘘

雫ライオン

誰かをかばって有罪となる

このテーマは法廷ものではよくあるか

しかし主人公が裁判官 しかも10年に一人の逸材、東大在学中に司法試験パス、2回の試験もパスして裁判官に

さらに道行く人も振り返る美人 と設定が高すぎる

一方の有罪となった被告人、真摯な態度の善人

事件は聾唖の妹が半年にわたってレイプされたあげく、相手を殺してしまった

兄は良心がおらず、施設で過ごした後、妹は伯母の家へ

そこでは叔父に虐待される

裁判官礼子はと言えば、父親は行方知れず、母親に捨てられて、伯母に育てられるという、全般にドラマ性満点

しかも裁判所内でのセクハラや、政界との癒着

二人が墜ちてゆく(上ってゆく?)のも必然か

しかし再審に至らず自殺 礼子は不倫とたたかれ

社会を捨てた大人の恋愛??

ちょっと現実味には乏しいかな

読書:彼らは世界にはなればなれに立っている

太田愛

人間とは何かを問い詰めているようだ

よそ者を蔑み、自分の優位性をそのことで確認する事の愚かさや

今のLGBT問題にも繋がる多様性をどう認めるかの視点

魔術師のくだりは、まさに現代の保守教育批判となっている

こんなふうに戦うのなら、抵抗するべきだった

戦争はいつも後悔したときには始まってしまっている

いつも権力を見張り、抵抗する姿勢を持つ必要がある

「子ども達は常に、大人たちによってあらかじめ形作られた世界に生まれてくる。大人が見たいものだけを見て浪費した歳月の負債は、常に彼ら次の世代が支払う事になるのだ。」