読書:神よ憐れみたまえ

小池真理子

両親を殺害した犯人が、唯一血縁として頼っていた叔父だったとは

それを知って、取り乱した気持ちで結婚した相手が、自分の体だけを求めていたとは

しかし若年性認知症になり、徐々に記憶が薄れる中、家政婦だったたづ一家や、その娘の忘れ形見で養子にした律や、ピアノとともに過ごしたよい想いが残されていく

そこに哀れんだ神がテをさしのべたと思われなくもない

昭和のにおいを濃く残す、物語展開や筆致が、逆に目新しく感じないこともない

読書:塞王の楯

今村翔吾

「近江の国・大津城を舞台に、
石垣職人“穴太衆”と鉄砲職人“国友衆”の宿命の対決を描く」

塞王:穴太衆の祖は塞の神の加護を受けていて、地揺れや大軍から守れる石垣を積んだ 神に次ぐ者として穴太衆が呼んだ名

「何としても家族を、この地を守りたいという人の心が、石垣に魂を吹き込む」

大名から民まで心一つになった大津城。それこそが塞王の楯

矛と盾 どちらかが強ければ、戦はなくなると、匡介も彦九郎も考えていたが、実は太平の質を決めるのは矛でも楯でもなく、人の心だと気付く

戦う道具が人を幸せにするなんてことは幻想だということ

読書:ファズイーター

深町秋生

「組織犯罪対策課 八神瑛子」シリーズ、最高傑作! と

(ヤクザ小説が連続してしまった)

やくざ社会の裏表 組どうしの抗争

その中でも掟破りが出て、一般人にも及ぶ

八神瑛子は必要悪なのか それとも真の正義なのか

「ヤクザが消えたとしても、・・・カタギのフリをしたワルがのさばるだけの話で」

裏社会の話は、殺し、暴力、裏切り、嫉み・・・多くて胸が悪くなる

読書:孤狼の血

柚月 裕子

暴力団係配属の日岡

上司大上の違法捜査に内心反発しながらも、その思いに惹かれていく

そして大上の死

実は監察のスパイで、大上の上司の不正メモを奪うために派遣されていた

しかし大上の意志を継いで、暴力団を押さえ込む事を、使命として光景として掲示を続ける

使命感には同意出来るが、本当に違法捜査あり、幹部の不正アリが事実なら恐ろしいことだ

映画:CODA あいのうた

聾唖の両親と兄 子どもの頃から通訳として育ったルビー

思いがけず歌の才能を見いだされるが、自分も家族も半信半疑 

例に漏れずマイルズへの好意から歌の練習を続けようとするが、家族の仕事の通訳としての手伝いから解放されない

歌をあきらめようとするが、家族の理解を得て・・

ルビー役のエミリア・ジョーンズの歌唱力に圧倒される

実はマイルズ役のピーロは七歳からソプラノ歌手として活動中だと

互いの家族を思う気持ちの強さが伝わり、晴れやかな気持ちになった

読書:生きづらさについて考える

内田樹

さまざまな媒体に書いたエッセイのコンピレーションとのこと

目次の表題からして大きな問題提起というか挑戦的

「第一章 矛盾に目をつぶる日本人」「私たちは歴史から何も学ばない」

日本では:熟議するというのは要するに時間をかけるということ

そのうち想定外のことが起きて、たちまち問題解決

理路整然と正論を述べて、論破するようなやり方は好まれなかった

   確かに

医療、教育、行政のような「社会的共通資本(それなしでは人間が集団として生きてゆくことのできない制度)」を株式会社化してはいけない

専門家によって、専門的知見に基づいて、定常的に管理運営されるべきもの

 

筆者はあとがきで、現代日本で政治について語ると暗くなると

中央年齢 日本が世界一 (豊かで安全だが、子どもが生まれない国)

他に高い国は、第二次世界大戦敗戦国 戦後しばらくしてから子どもが生まれなくなった

戦中派は「敗けてよかった」が実感 戦争で死ぬ、政府に弾圧されるの恐怖から解放された

戦後派にとって、敗戦は「経験の欠如」という経験

どうして敗けたのか、どうして「こんな国」になったのか説明されないまま、敗戦国民として道義的責任、政治的責任だけは「時効なし」で負わされる

なのでとりうるスタンスは、責任を引き受け謝り続けること(政治的に正しい)か戦争責任をまるごと放棄する(政治的に正しくない)(歴史修正主義者の中に戦争経験者はいない)のどちらかになってしまい、暗さが残される

ネトウヨの台頭

「人は誰も平等であるべき」だが「その理想を実現するためには『自分には他の人よりも多くの責務がある』という自覚を持つ人間が要る」

「貴賤の差のない世界を実現するためには『ノブレス・オブリージュ(高貴であることの責務)を感じる人が要る」

読書:同志少女よ、敵を撃て

逢坂冬馬

第二次世界大戦独ソ戦 スターリングラードを巡る戦い

憎し

みから復讐しようと、狙撃兵となっ頃更田たセラフィマ

しかし殺された母や村人たちを焼いたのは、疫病予防だった

そしておそらく、女性狙撃兵として苦悩の中で生きてきた教官イリーナも、自分と同じような、悪意の目で見られる体験をしてきたのだということを知ったのだろう

結局戦争という異常な世界で、それに適合するように仕向けられていったのだ

終戦後の生き方がどうなのかが問われている

「普通の少年や少女たちを、まるで別人の戦士のように仕上げる何か」

「それが狙撃兵という兵科であるのか、あるいは何か別のものであるのかは、結局わからなかった」

一方殺しも殺されもしない、治す道を選んだターニャ

「自らの家族を殺され、敵を憎まず、それどころか治療する生き方が、狙撃兵としての生き方よりたやすいなどと、誰が言えるだろう」医療者としての生き方が問われる