読書:ごまかさないクラシック音楽

岡田暁生片山杜秀

「どうして西洋のクラシック音楽を、二十一世紀の極東に生きる私たちが、いまだ当たり前のようにして聴いているのか?」

クラシック音楽はバッハ以後のものばかり 祖の前の1千年は?

古楽/クラシック/現代音楽 という時代区分ではクラシックだけが価値のカテゴリー

音楽とイデオロギーは不可分 19世紀のクラシック音楽は、自由とか進歩とか市民社会イデオロギーと結びついていた

クラシックを一つの近代イデオロギーとして見るなら、どうしてバッハが「父」なのかわかる

高度成長期のステータス・シンボルとして「高級な」クラシックがよく機能した

19世紀ヨーロッパ発のクラシック音楽が、世界を標準化した

  :旋律法、和声法、対位法、リズム法

クラシック音楽の歴史は、宗教的メディテーションから次第に、生身の人間が聴いて楽しんだり、感動するものになり始めた 教会のための音楽から、表現の自由を少しずつ入れて、古代ギリシャ神話を隠れ蓑に表現した 検閲の影響もあった(美術と同じ)

ルネサンス後「美しい」だけじゃ物足りなくて「劇的」に:オペラ

音楽が喜怒哀楽を表現するのは16世紀終わり頃から

「音楽の父」バッハ、「クラシック株式会社の創業者」ベートーベン、「ロマン派のブラックホールワーグナー

 

ハイドン

 エステルハージ家という雇い主のための音楽監督的立場

貴族が没落して、市民向けに交響曲を作る:ベートーベン交響曲のモデル

ハイドン交響曲・ロンドン・コンサート制度・音楽好き市民階級の結びつき

イギリスはヨーロッパぽくない

 クラシックはドイツ、オーストリア イギリスはポピュラー(ビートルズetc)

ベートーベン

 それまで少人数のサロン、上流啓蒙市民相手だったが、見ず知らずの何百人を想定して作曲する必要が出てきた 第九のフィナーレでやってのけた

ひたすら上を目指した高度経済成長期のベートーベンが、バブル崩壊ポストモダンモーツアルトに変わっていった

ロマン派とは

 古典主義のラテン語にたいし、俗語として中世に広まったのがロマンス語

 これで書かれた世俗的文章がロマンチックで「ロマン」の語がでた

 ロマン派音楽では1800-1900年代:ベートーベンからリヒャルト・シュトラウス

フランスと国民軍と軍楽隊 これがロマン派音楽史の重要な地下水脈

鉄道発達と共に、世界各地の大ホールを回るツアーはこのとき生まれた

 

クラシック音楽も、その時代、宗教、政治体制等と密接に結びついていたということか

啓蒙思想のツールとしての音楽

クラシックを聴くことが高尚という時代は終わってしまった

かといって単なる趣味とも思いたくない